History

髙木ビルは、1961年、駐車場管理・貸家管理会社としてスタートしてから、長きにわたり自社ビルを開発し、ビル経営を行ってきました。時代に伴い変化するオフィスビルの価値観に寄り添いながら、テナント企業様へオフィスを提供し続けています。

建築中の「(旧)虎の門髙木ビル」

戦前から土地の地主を生業としていた髙木家は、戦後の農地改革により9割ほど土地を失いました。地主は製鉄業や織物業とは異なり、技術を持っているわけではありません。そこで、堅実な経営を信念とし、残った土地をうまく活用して家を守らなければという、創業者であり現社長髙木秀邦の祖父でもある髙木秀男の想いもあり、1961年(昭和36年)4月、株式会社髙木ビルを創業。駐車場管理・貸家管理会社としてスタートし、ビル開発用地の集約・整理を行っていました。長きにわたる努力により、1970年(昭和45年)4月、念願の第1号開発ビル「(旧)虎の門髙木ビル」を竣工。ここから本格的な髙木ビルの歴史が始まることとなります。

1961年(昭和36年)4月 株式会社髙木ビル創業
1970年(昭和45年)4月 第1号開発ビル「(旧)虎の門髙木ビル」竣工

当時の府中駅周辺と「府中髙木ビル」

1980年(昭和55年)から1993年(平成5年)までの間、「武蔵境第一髙木ビル」「府中髙木ビル」「武蔵境第二髙木ビル」「西新宿髙木ビル」「御苑髙木ビル」「大崎髙木ビル」「三鷹髙木ビル」と、新規ビルの建設が続きます。時代はバブル経済の真っ只中でしたが、髙木ビルは所有していた土地にビルを建てるだけではなく、武蔵野市や府中市の区画整理や用地買収に積極協力し、土地を一部提供して駅前にロータリーをつくるなど、地域全体の活性化を考えた街づくりを行っていました。二代目社長である髙木邦夫は創業者髙木秀男の想いを受け継ぎ、堅実なビル経営に務めるだけではなく、その街へ暮らす人々の生活へ想いを馳せるという髙木イズムが育まれた時期とも言えます。

1980年(昭和55年)1月 「武蔵境第一髙木ビル」竣工
1980年(昭和55年)3月 「府中髙木ビル」竣工
1980年(昭和55年)10月 「武蔵境第二髙木ビル」竣工
1985年(昭和60年)8月 「西新宿髙木ビル」竣工
1988年(昭和63年)5月 「御苑髙木ビル」竣工
1990年(平成2年)10月 「大崎髙木ビル」竣工
1993年(平成5年)9月 「三鷹髙木ビル」竣工

首都高と「茅場町髙木ビル」

1993年(平成5年)9月「三鷹髙木ビル」竣工後、しばらく新しいビルは建っておりませんでした。バブルが崩壊し、1995年には阪神・淡路大震災が起きるなど、不動産業界にとっては苦難の時代でした。しかし、髙木ビルはビル経営として飲食ビルやホテルなどさまざまな選択肢があった中で、オフィスビルにこだわり続けました。アップダウンの大きい短期的な収益目標ではなく、ロングランが見込めるオフィスビルに注力することで、テナント様に長期的に使ってもらうためには何が必要かというアイデアを重視するようになりました。50年先、100年先を考えたビル経営を掲げ、ついに髙木ビル過去最大規模のオフィスビルで耐震構造の「茅場町髙木ビル」を2002年(平成14年)11月竣工しました。経営は軌道に乗り短期間での建築開発費回収が見込めると、同年入社した現三代目社長の髙木秀邦が加わり、次の大型プロジェクトとして旧耐震構造だった、本社である(旧)虎の門髙木ビル建て替えの計画が動き始めました。

2002年(平成14年)11月 「茅場町髙木ビル」竣工

2014年に完成した「(新)虎の門髙木ビル」

(旧)虎の門髙木ビルは2010年から解体を始め、2011年解体を終了した直後に東日本大震災が起きることとなります。震災直後は外国から建設に必要な資材が入って来ず、ボルト1個に至るまでJIS認定の部品を集めることは困難に。しかし、髙木ビルは創業者から続く堅実さを大切に、建築着工を延期してまでも安心できる資材が手に入ることを優先しました。そして、2014年(平成26年)念願の「(新)虎の門髙木ビル」が竣工すると、「大崎髙木ビル」「御苑髙木ビル」を売却して資金を確保し、2016年(平成28年)「神田髙木ビル(旧:NK第1ビル)」、2018年(平成30年)3月「麻布十番髙木ビル(旧:稲川良一商店ビル)」、2018年(平成30年)11月「銀座髙木ビル(旧:有賀写真館ビル)」を取得しました。同時に「次世代型出世ビルプロジェクト」や、室内型自転車駐輪場「CYCLE REST 虎の門」、新しい働き方を体現する「BIRTHプロジェクト」など新しい取り組みを次々と発表。古いビルを長く維持するだけではなく、時代の需要に合わせた可能性を追い続けています。

2014年(平成26年)5月 「(新)虎の門髙木ビル」竣工
2015年(平成27年)3月 「大崎髙木ビル」売却
2015年(平成27年)4月 「御苑髙木ビル」売却
2016年(平成28年)4月 次世代型出世ビルプロジェクト参画(参画第1号ビル会社)
2016年(平成28年)10月 室内型自転車駐輪場「CYCLE REST 虎の門」OPEN
2016年(平成28年)11月 「神田髙木ビル(旧:NK第一ビル)」取得
2017年(平成29年)10月 BIRTHプロジェクト始動 第1号拠点成長型ワーキングオフィス「BIRTH KANDA」OPEN
2018年(平成30年)3月 「麻布十番髙木ビル(旧:稲川良一商店ビル)」取得。
2018年(平成30年)7月 室内ドローン飛行場「空人SORAJIN DRONE FIELD」を麻布十番髙木ビルにOPEN
2018年(平成30年)11月 「銀座髙木ビル(旧:有賀写真館ビル)」取得。
2019年(平成31年)4月 「BIRTH AZABU-JUBAN(※東京都認定インキュベーション施設)」「BIRTH LAB」OPEN
2020年(令和2年)1-4月 銀座髙木ビル解放アートイベント「CANBIRTH」開催
2020年(令和2年)3月 アスリート特化型レジデンス「BIRTH IN-RESIDENCE飛田給」OPEN
2020年(令和2年)7月 住むオフィス×働く住まい「BIRTH IN-RESIDENCE麻布十番」OPEN
2021年(令和3年)4月 麻布十番NEO食堂「BIRTH DINING by plein」OPEN

Photos

第一号開発ビル「(旧)虎の門髙木ビル」から「(新)虎の門髙木ビル」へと受け継がれている看板。虎の門の街を60年近く見守っている。

1961年の創業から9年後の1970年(昭和45年)4月、ついに第1号開発ビル「(旧)虎の門髙木ビル」が竣工。

1985年(昭和60年)8月竣工の「西新宿髙木ビル」の図面。西新宿に高層ビルが立ち並び始めた1980年代、髙木ビルも新宿へ進出。

1980年から1993年まで、当時髙木ビルが所有していた土地に街づくりと連携しながら合計7本のビルが竣工。

阪神・淡路大震災を視察し耐震の重要性を実感。髙木ビルとして過去最大規模の耐震構造の「茅場町髙木ビル」が2002年(平成14年)11月竣工。

「(新)虎の門髙木ビル」の図面。東日本大震災後、50年先、100年先を見据えた念願の「(新)虎の門髙木ビル」が2014年(平成26年)5月竣工。

麻布十番髙木ビル1Fの「BIRTH LAB」撮影スタジオとしても活用できるなど、オフィス空間における新しい可能性を提案。

「BIRTH IN-RESIDENCE」1Fにある「BIRTH DINING」飲食店と不動産の新しい時代の連携方法も開拓している。

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